預金残高100円台から約4000万円へのV字回復…

2009年8月より、それまでに培ったwebマーケティングのスキルを、個人投資家育成サービスの企業ででマーケティング担当役員になる、、、

ここでは、500円から300万円までの幅広い価格帯のサービスを販売し、一度のプロモーションで2000~3000万円の売上を何度も達成しました。他にも、いわゆる「販売開始して○時間以内に完売…」や、「申込み用紙を配布して、数秒で申込みの列が…」など、様々な記録があるのですが、一喜一憂することではないので、あまり覚えていないというのが正直なところです。

恐らく、掘り返せば、まだまだあると思いますが…。ちなみに、あくまでも目安ですが、一人での年間売上は約1億円を3年連続で達成しました。

しかし、全てが上手くいったわけではなく、それまで培った組織人事コンサルティング業界で手法は、B2Bの業界でしか上手くいかないものだと気がつき、挫折を味わいました。もちろん、当初は良い結果が得られたものの、すぐにその結果は悪化していきました。

それに伴い2009~2012年は、倒産寸前の非常に苦しい時期を味わい。給料は最初の約3ヶ月を除き、ほぼゼロの状態が1年間続きました(あっても5万円未満、10ヶ月はゼロが続いた)。しまいには会社の預金が100円台になり「もうダメだ…」と地獄を味わいました・・・

ですが、、、そのどん底とも言える地獄の時期も含め、地道なファンづくりとマーケティングシステムの構築が実り、2013年には預金が100円台から約4000万円にV字回復。その後、これらのマーケティングシステムが安定をもたらしました。

ちなみに、今でも給料ゼロを脱却するきっかけとなったプロモーションと、その後に受け取った給料20万円の感覚が忘れられません。飲食店で3000円くらいのコースを、安心して注文できたあのときの喜びと、それまでの給料ゼロの時期は、非常に良い経験だっと今振り返ります。

他にもここではマーケティング分野だけでなく、企業としての「ミッション・ビジョン・バリュー」の策定にロイスのアドバイスを受けながら策定。他にも、これまで培った経験と知識をもとに、人材育成システム、人事評価制度の構築、社内インフラの整備など、経営資源である「ヒト・モノ・情報」の分野に携わり経営面をサポートしていきました。

これは、やはり、いくらい優れたマーケティングシステムがあっても、そのシステムを動かすのは「人」。その「人」がガタついては、システムが上手く作用することがないからでした。

結局、、、私は当初興味を抱いた「人材育成」に自然と返ることになったのです。私が尊敬するコンサルタントが、以前、私にこう言いました。

「秋山さん、人間は結局好きなことしかやりませんから^^」

まさに、その言葉を思い出した瞬間です。これまでの知識を経験をもとに、秋山大介は「経営コンサルタント」として、「組織人事コンサルタント」として、、、「マーケティングコンサルタント」として、新しいスタートを切ることになったのです。

そして、同時に自然体の秋山大介として、人生を歩むことになりました…

自然体の「秋山大介」誕生…

気がつけば、生き方そのものに注目されるようになり、、、
2018年11月より、コンサルタントとしてだけでなく生き方や考え方が注目され…

・・・ここにそのままの自然体の「秋山大介」誕生。

ただ、それまで、自分が思うがままに生きてきただけなので、その生き方が注目されるとは全く思っていませんでした。小さなころから「○○をするには、今から○○と○○をしよう」と、逆算して考えつつ、20代半ばからは眼の前にあるチャンスを絶対に逃したくないという思いで生きしていました。そして、33歳のとき父親が何の前触れもなく急死したことで「もう、自分の人生は人のためのものになった…」と思い、それを受け入れて過ごすだけでした。

その一方で、祖先をみても短命の家系であることを意識し「あと30年で何ができるか?」「もう、人生のカウントダウンは始まっている」と強く意識しました。ただし、、、そこに数年間矛盾を抱え、ジレンマに陥り、一時は「うつ病」と診断されうつ病を克服後は、自分の人生は人のためになったのではなく、

「自分の使命は、関わる人に幸せになっていただけるようにサポートすること」だと考え、そして受け入れるようになりました。それにより、以前にも増して自然体になり、今に至ったのでしょう。「あるがままを受け入れる人生」…そんなところです。そして、それが今の秋山大介の誕生の所以なのでしょう・・・

そして、今では自分の感覚や感性をもとに歩み続ける毎日です。また、日々「素直に、そして謙虚に」の心を忘れることなく、眼の前にあるものを、あるがままに受け入れられるように努力をし続ける毎日です。

また、今こうして妻と息子という家族ができ、家族との時間も大切にしながら歩んでいます。息子には、私が親にしてもらったように、できるだけたくさんの経験ができる環境を用意したいと思っています。そして、好奇心旺盛で好きなものにとことん熱中してもらえればと思います。きっと、その先には彼にしかできない「突き抜けたもの」が得られるでしょうから…

彼が20歳になる頃…きっと、日本は今とは全く違った環境になっているでしょう。だって、自分自身の20年前と今は全く違うのですから。20年前は、まだポケベルが限界の通信技術でインターネットもなかったのに、その後の15年程度で一気に技術が進み、今ではスマートフォンで動画が何時間も見られる時代なのですから。だから、20年後の日本がどんな環境になっているのかは全く分かりません。

でも、分かるのは、「生き抜く力(やり抜く力)」「素直で謙虚な姿勢」「答えがないものを探求する好奇心」がいつの時代にも求められるものなのでしょう。そして、何よりも忘れてならないのは「自分という軸」。ぜひ、これを彼には自然と流れの中で得てもらえればと考えています。

きっと、、、私がこうやって歩んでいるワイルドサイドは、次世代の彼らにつながるでしょう。だからこそ、私は一人の日本人として…親として…次世代につなぐミッションを持った人間として、彼らが彼らの軸を持ち、力を思う存分発揮できる20年後の日本を創りたいと思います・・・

そして、その実現に向けて今の私ができることが、自分の信じる道を素直に、そして謙虚に、あるがまま受け入れながら歩む・・・

まさしくそれが私にとっての自然体の姿・・・

【ミッション】
自分と関わる人が
幸せな人生を過ごしていただけるように、尽くす

ロイスのコーチングを受ける中でより色濃くなったもの。家業を経営する中で、経営者は人の人生を大きく左右すると感じた。現役中のときは、1/3が仕事の時間。引退後は、仕事で何を得たかが影響。それを考えると、経営者は本当に責任が重く、それを十分に受け入れなければならないと考える。だから、常に考えるのが「人の幸せ」…でも、人に贈れる幸せは自分の幸せの深さの分だけ。人だけでなく、自分も幸せな人生を過ごせるように、人にも自分にも尽くし続けたい…

【ビジョン】
20年後の日本を発展途上国にしないために、
幼児教育が当たり前の日本にする

あなたは「20年後の日本」を想像したことがあるだろうか?あなたの20年前を思い出してほしい。私の20年前といえば、まだポケベルがメインの時代…それが今やスマートフォンの時代。想像を絶する時代の変化だ。そして、今、諸外国では人材の強化を目的に、一番脳が発達する時期「0~6歳」の教育を重視している。

一方、日本はその実証データがあるにも関わらず、その流れから遅れをとっている。つまり、今では想像できないが、ポケベルからスマートフォンに変遷したように、遅れをとっている日本は、「0~6歳」の教育をすでに実施している諸外国に、使われる立場になるかもしれない。そのとき日本は、こうなるであろう…近隣国が日本人を低賃金でルーチンワークだけやらせる状態に…私たちの世代は、惰性で20年後以降も生きられるが、次世代は、惰性では生きられない…そんな世の中にしないためにも、このビジョンを掲げる。

【バリュー】
素直で謙虚に・中庸・自然体

眼の前にあることを「あるがまま」に受け入れられるよう日々心がけていること。松下幸之助氏が著書の中で「ネクタイが曲っいると言われた場合、鏡を見れば、だれでもそれは分かる。ただ、ネクタイは鏡を見れば、すぐに分かるが『心はそうはいない』…。心の鏡は『素直さ謙虚さ』である」と。ミッション・ミジョンを達成するには、自分の心が曲っていないか常に見ていなければならない。

それを確認する鏡として、「素直で謙虚に」、そして右でも左でもない「中庸」をバリューに掲げる。また、心が曲がると自分を大きく見せようとして「かがみ」の「が=我」が出てしまう。その瞬間、私は私ではない「何者か」になり、自分が何者かに支配されてしまう。

反対に「が=我」をなくせば「鏡」は「かみ=神」になる。決して神になりたいということではないが、自然体でいることは、「が=我」をなくす重要なことだと考える。ただ、その一方で、もともと自分を大きく見せたり、無理をするタイプではないという側面も…。とはいえ、いつ忘れるか分からないのも事実。だから、このバリューを掲げる。

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